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📘 第50章: 「“打とうとする”が、すべてを壊す。」
PROTOを握ったとき、
自然と力が入る人がいる。
「ちゃんと打たなきゃ」
「芯に当てなきゃ」
「飛ばさなきゃ」
その“打とう”という意識が、
クラブの動きを止め、
身体の軸をズラし、
すべてを狂わせる。
PROTO+カウンターは、
“打とうとした瞬間”に、逆らう構造だ。
なぜなら、それは「主役」が違うから。
主役は「手」でも「感覚」でもない。
主役は、構造。
構造に委ね、クラブを“通す”。
それがPROTOの使い方。
打とうとせず、通すだけ。
力を加えず、回転に乗せるだけ。
自分が主役にならないこと。
それが、“当たってしまう”スイングの正体。
PROTOは教えてくれる。
「何もしない」という技術を。
力んだとき、失敗するのは偶然ではない。
PROTOは嘘をつかない。
クラブを操作する人ほど、難しい。
でもそれは、
本来の自分に戻るチャンスだ。
「打とう」とするクセを、
「通す」動きに変える。
それだけで、PROTOは応えてくれる。
主役を渡せば、世界は変わる。
📘 第49章: 「“まっすぐ”が、ズレを生む。」
誰もが目指す、“まっすぐ”。
アドレスでまっすぐに立ち、
クラブをまっすぐ引いて、
まっすぐ戻す。
でも本当に、それが正解なのか?
まっすぐ引いたつもりが、回転を止めている。
まっすぐ当てたつもりが、芯を外している。
まっすぐ構えたつもりが、身体とクラブの軸をズラしている。
PROTOを使えば気づく。
まっすぐ打とうとすると、
返ってクラブが走らない。
なぜならPROTOは、
軸の回転にしか、反応しない構造だから。
クラブを“まっすぐ”動かそうとするほど、
軸とのズレが拡大し、クラブが逆らいはじめる。
「まっすぐ打てない」のではない。
“まっすぐ”が間違っていたのだ。
PROTOが導くのは、
軸と共にある回転の動き。
それは一見ズレて見えるが、
実は“構造的な正解”だ。
感覚ではなく、構造に委ねよう。
まっすぐ=正解、という思い込みを、
いま、手放そう。
📘 第48章: 「なぜ、“ズレ”が起こるのか?」
打点がブレる、方向がズレる、
タイミングがズレる、感覚がズレる。
その“ズレ”の原因を、
スイングの途中に探していないだろうか?
だが本当の“ズレ”は、
最初から始まっている。
構えた瞬間、
クラブと身体がズレている。
シャフトと回転軸がズレている。
重心と軸がズレている。
そのわずかな“最初のズレ”が、
スイング全体を狂わせる。
インパクトでの再現性を奪う。
PROTOは、それを許さない構造だ。
重心がズレていれば、すぐにバレる。
軸がズレていれば、ミスとして現れる。
だからPROTOは、
あなたの“ズレ”をあぶり出すクラブでもある。
「PROTOで打てる=ズレていない」
それは構造に対する、
唯一の正解に近づいたという証。
答えは、構造の中にある。
ズレを起こさない構造が、
“レッスン不要”の理由になる。
📘 第47章: 「なぜ、“戻ってくる”のか?」
PROTO+カウンターは、
**“戻す”のではなく、“戻ってくる”**構造をしている。
これは、“クラブを操作する”という前提を
根本から否定する思想でもある。
振り子の原理、重心の移動、
そしてシャフトのしなり戻りと回転軸。
すべてが合致したときに、
クラブは勝手にインパクトに戻ってくる。
「戻した」と感じた時点で、
もう余計な動作が加わっている。
つまり、「戻す」と「戻ってくる」には
再現性という意味で決定的な差がある。
PROTOは、
「戻す技術」を磨くクラブではない。
「戻ってくる構造」に身を委ねるクラブ。
その構造を信じられるか。
その重さに委ねられるか。
その不安定さを受け入れられるか。
もし答えがYESなら、
あなたはもう、スイングの終点に立っている。
“戻す努力”の先にある
“戻ってくる安心感”を、ぜひ体感してほしい。
📘 第46章: 「なぜ、“打たなくていい”のか?」
それは、PROTOが
クラブを打つための道具ではないからだ。
PROTOは、
“打とうとする行為”を無効化する構造でできている。
打とうとするほど、クラブは戻らない。
戻らないから、当たらない。
当たらないから、飛ばない。
だから打とうとする。
——この“無限ループ”を断ち切るのが、PROTOの存在意義。
だからこそ、PROTOは「打つな」と言う。
クラブが主役になるように、
人が邪魔をしないように、
構造で再現性を作るために、
打つ必要をなくした。
「振ってはいけない」
「打ってはいけない」
「構えてはいけない」
そんな言葉がPROTOの周りで生まれるのは、
クラブが自動で動くから。
“動かすな”ではない。
“動かさなくても動く”という構造。
クラブを信じて委ねたとき、
PROTOは、自然とインパクトに戻ってくる。
そこには、打とうとした痕跡すら残らない。
このクラブを通して
自分の芯と向き合う時間が、
技術を超えて“構造”を知るきっかけになる。
だからこそ、PROTOは
「打たなくていい」クラブ。