PROTO 145

通称:プロトX(PROTO X)

——「限界の、その先へ。」

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いま、重さに委ねるという選択肢。

PROTO130でさえ「しなりすぎた」という声が届いた。
ならば、構造で応えるしかない。

PROTO145。
通称「プロトX」と呼ばれるこのモデルは、 “重さ”と“しなり”の限界領域を探る、構造の挑戦状だ。

軽さではなく、軸構造で真っ直ぐを出す。
これは、PROTOの思想における“最終段階”であり、 もはや「重い/硬い」では語れないクラブ。

“プロトX”という名が、その異質さと未来性を物語っている。

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剛性、重量、そして構造の意味。

• シャフト重量:約145g
• 想定振動数:約255cpm(130比+20cpm)
• 対応番手:パター〜ロングアイアン
• 製造限界強度(現素材での最大剛性)

「最も硬く、最も重い。」
それは、ただのスペックではない。
しなり戻りによって生まれる“軸の安定”を支える、 PROTO構造の、最終回答のひとつ。

“プロトX”は、まだ誰も知らない領域を示している。
数字を見て止まる人には、届かない。
構造の先へ進みたい人にだけ、開かれるモデル。

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3|
パターで、すでにその性能は証明されている。

すでに試作段階で、パターへの装着が好評。

「打ってないのに、転がる」
「操作が消えた」
「シャフトが戻す」
そんな声が届き始めている。

PROTO145に、カウンター100gを加えると、 重心は12cm以上手元へ移動し、振り子構造が完成する。

パターは、“手”が出やすいクラブ。
だからこそ、“何もしない”構造が必要だった。
このシャフトは、それに答える。

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4|
これは、答えか?それとも通過点か?

PROTO145(プロトX)は、
全番手を貫く構造の探究として、いま現れた。

この重さを、どう捉えるか?
このしなり戻りを、どう活かすか?

すべては「あなた自身が」
感じ、選び、確かめていくしかない。

重さは、壁ではない。
道を開く、鍵である。

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【備考欄】

  • 対応カウンター:25g / 50g / 100g(シャフト内装着式)
  • パター装着時の総重量はグリップやヘッドにより変動します
  • ウェッジ・アイアン装着時は、構造的効果を得るために50g〜100gのカウンター装着を推奨
  • 本製品は限定入荷・在庫限りです
PROTO

重さは敵か、味方か──PROTO145が教えてくれたこと

「重いクラブなんて、振れないでしょ?」 そう言う人がいる。 でもそれは、“振ろうとしている”からそう感じるだけかもしれない。 — PROTO145は、重い。 シャフトだけで145g。 カウンターを入れれば、総重量700gを超えるパターもある。 でも不思議なことに、 “クラブが動けば”打ててしまう。 — 重さは、あなたの敵ではない。 むしろ、“何もしない”ことを教えてくれる教師だ。 — 軽いクラブは、つい動かしたくなる。 重いクラブは、自分が動くと邪魔になる。 その結果、クラブに委ねる感覚が生まれる。 — PROTO145の重さは、 あなたの動きを封じるためではない。 クラブ本体が主役になるための“舞台装置”だ。 — 「こんなの打てるわけがない」 そう思った人ほど、 構えてみてほしい。 振ってみてほしい。 それでも、ちゃんと戻ってくるから。 — 重さは、正しく使えば最もシンプルな再現性を生む。 “操作”をやめたとき、 “重さ”がすべてやってくれる。 — PROTO145は、 「重さ=武器」という世界を、 あなたに体験させてくれるクラブだ。 重さを敵にするか、味方にするか。 それは、あなたの「構え方」次第。

限界の正体──PROTO145が暴く「自分の限界」

「限界だと思ったその先に、まだ余白があった。」 — PROTO145を手にした時、ほとんどの人は言う。 「重すぎる」「硬すぎる」「無理だ」と。 けれど、それはクラブの限界ではなく、 自分の“思い込み”の限界だった。 — カウンター100g。 255cpmのしなり戻り。 手ではなく、本体が動く。 — PROTO145は、人間の“操作”を拒む。 無理に打とうとすれば、すぐにクラブが答えを出す。 「あなたがやっているのは“ゴルフ”ではない」と。 — 限界とは、自分が「ここまで」と決めてしまった“線”。 その線を引いているのは、自分自身。 — PROTO145は、その線を超えることができる。 思い込みを超えたとき、 クラブが“勝手に”戻り、“勝手に”当たる。 — それは、自分を超える感覚。 クラブに、限界はない。 限界があるのは、自分だけだ。 — 「限界くん」は、 PROTO130+100gで生まれたが、 PROTO145はさらにその上を行く。 本当の“限界”を知る者だけが、自由になれる。 限界を決めるのは、自分。 それを壊すのが、PROTO145。

芯とはなにか──PROTO構造が導く本質

「芯がズレてるんです。」 そう言ったのは、クラブではなく、ユーザーだった。 — 芯とは、芯を外したときに気づくもの。 自分がズレていたときにしか、芯の存在には気づけない。 PROTO145の構造は、まさに**「ズレを許さない構造」**になっている。 このクラブは、手で合わせることを許さない。 “芯を通す”以外に、動かす手段がない。 だからこそ、ズレていればすぐにわかる。 当たらない。戻らない。飛ばない。 — それでも打てるのは、 “芯”がある人だけ。 クラブではなく、自分に芯が通っているかどうか。 PROTO145は、それを問いかける。 — 芯とは、構造であり、自分自身の軸でもある。 その両方を、一本のクラブで試される。 それが、PROTO145の“本質”だ。 「ズレてるのは、クラブか、自分か」 → それを知るための鏡、それがPROTO145。

なぜ、145はパターで真価を発揮するのか?

パターは“手”が出る。 だから、入らない。だから、ブレる。だから、打てなくなる。 どれだけ練習しても、 「本番で手が出てしまう」という声は、なくならない。 この問題を構造で解決しようとしたのが、PROTO145だった。 — シャフトを重くし、剛性を高め、 さらに100gのカウンターウェイトを内蔵することで、 重心は12cm以上、手元へ移動する。 それにより、クラブ全体が振り子構造になる。 ここに「操作できないクラブ」が完成した。 — 操作できないから、操作しない。 操作しないから、まっすぐ転がる。 手が出ない。打ってないのに、転がる。 それが、PROTO145をパターに入れたユーザーの声だった。 — 軽さでは、再現性は生まれない。 構造で“何もしない”を設計する。 それが、PROTOの答えだ。

操作不要という思想──PROTO145が目指したもの。

多くの人は、ゴルフクラブを**「操作するもの」**だと思っている。 手で動かし、フェースを返し、距離や方向を“調整する”。 だが、PROTOはその前提を疑った。 「本当にクラブは操作されるべきか?」 PROTO130では、すでにクラブが“勝手に戻る”という現象が起きていた。 重心が手元に移動し、クラブが振り子として働くと、 “操作”は邪魔にすらなる。 そこに、PROTO145は現れた。 より剛性を高め、より重くしたことで、 クラブは**「操作される余地すらない」**構造になった。 クラブは、ただ構えられ、ただ下りてくるだけ。 シャフトが動き、ヘッドが戻り、 人間の意図とは関係なく、“芯”に当たる。 これが、PROTO145の思想だ。   軽いクラブは「操作しやすい」。 重いクラブは「操作できない」。 どちらが、構造として正しいのか?

なぜ、130では足りなかったのか?

PROTO130は、構造的にはすでに“特異点”だった。 カウンター100gを組み合わせることで、振り子構造を完成させ、 従来のスイング理論や操作概念を超えるクラブとして機能していた。 だが、そこに**「戻りすぎる」という現象があった。 とくにパターやウェッジ**のような、繊細さが求められる場面で、 「シャフトが先に動く」「手が遅れる」そんな“過剰反応”が一部に現れた。 それはクラブの性能が高すぎたわけではない。 “本体”がまだそのスピードに追いついていなかった。 そこで出した答えが、PROTO145だった。 「しなりすぎるなら、しなりきらない構造に」 「戻りすぎるなら、受け止める剛性に」 あえて、重く。 あえて、硬く。 クラブに委ねるために、クラブを止める。 130の構造では自分をごまかしていた人にも、145は“真実”を突きつける。 自分を知ることを避けられないクラブ。 これが、PROTO145だ。

なぜ、145を作ったのか?

「プロト130は、ひとつの答えだった。」 シャフトの重さ130g、そしてカウンター100g。 この構造がもたらす“戻り”と“重心移動”は、スイングを変え、思考を変えた。 ただ、それでもなお、「もっとしっかりしたものが欲しい」「しなりすぎる」という声が、一部のユーザーから上がったのも事実だった。 試したのは、カウンターを減らすことではない。 軽くすることでもない。 さらに重く、さらに硬く。 それは、「操作しないこと」の技術を突き詰めた先にある、 “完全なる委ね”の世界を見てみたかったから。 重くて、振れない? 硬くて、しならない? そう思った瞬間に、このクラブは姿を変える。 「振れない」は、「振らなくていい」に変わる。 「しならない」は、「しなりすぎない」に変わる。 プロト145は、プロト130の上に生まれたクラブではない。 130の思想を超えるための、問い直しだった。